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深化。


by sizeM

国際会計レポート覚書

「日本における会計基準グローバル化の展開と問題点」

1、国際会計基準登場の背景
 経済のグローバル化が進み、資金が国境を越えて動くようになった1990年代に入ると、国ごとの会計基準の違いが大きな問題となるようになった。冷戦の終結や、規制緩和の進展で、各国で国有企業の民有化が進み、こうした企業が続々と株式を公開した。世界中の企業の株が、グローバル化された資本市場に売りに出された。資金の供給元である投資家も、従来の資産を持つ「個人投資家」から、年金基金や保険会社といった「機関投資家」へと主役が変化した。ビジネスとしての株式売買が主流となったことで、企業を詳細に分析する必要性が生じた。しかし、世界中の企業を分析し、投資資金を様々な国籍の企業に分散させる際に問題となったのは、各国で採用されていた会計基準の違いの大きさだった。
こうして、「日本をふくめ世界中の企業を公正に比較できるひとつのモノサシ、つまり国際レベルの会計基準を持つべき」とする声が、強まっていった。そこで登場したのが、企業が使う唯一の会計基準として91年頃から議論が本格化し、98年に主要基準が完成した国際会計基準(IAS)だった。IASは国際会計基準委員会(IASC)によって設定された。またその後、2001年に国際会計基準審議会(IASB)が発足し、IASを含む包括的な国際会計基準として国際財務報告基準(IFRS)を作成している。
 このように各国の専門家が集まって作った国際会計基準には、「時価主義」という大きな特徴があった。時価主義とは、一部の金融資産を、期末時点の時価で再評価する会計手法のことである。保有資産の価値を毎期末ごとに見直し、時価と簿価の差額を評価損益として、貸借対照表や損益計算書に反映させる。時価主義は、期末時点における企業の財政状態を正確に公表させるための会計手法であり、貸借対照表(ストック)を重視した資本・負債アプローチである。
しかし、従来日本は「取得原価主義」で、資産を購入した時点の価格を帳簿価格にすることを原則としていた。取得原価主義は損益計算書(フロー)を重視した収益・費用アプローチである。資産を買ったときの値段(取得原価)である簿価と、市場で成立している値段(市場価格)である時価との間に差があることになる。日本は数十年の間に大幅な経済成長を成し遂げたため、時価が簿価を大幅に上回ることが多く、その差である含み益によって、日本企業は膨大な含み資産を持つことになった。これは、日本企業の競争力の源泉だと言われていた。だが、含みは経営者にとって見ればのりしろであり、仮に本業で損失が出たとしても、保有株式を市場価格で売却することで、簡単に株式売却益で損失を補填することが可能だった。高度経済成長が終わり、為替の円高も加わり、80年代に入ると日本企業の本業収益率は減速の一方であった。それを含みを利用することでカバーしようとしたのが、いわゆる財テクであり、多くの企業が株式や土地の売買に力を注ぐようになった結果、80年代後半には、本業の利益である「営業利益」よりも、株式売却益などの「営業外利益」の方が大きい企業が続出した。
ところが時価会計では、毎期末の時価が帳簿価格となるため、株式転売による利益創出ができなくなる。そのため、国際会計基準で株式の時価会計が議論され始めたころ、日本の経済界は大反対した。このように時価会計への転換を先延ばししたため、バブル崩壊によって含み益が含み損へと変わったとき、日本企業は重い負担を抱えることになった。株価や土地の下落が含み損として企業にのしかかった。時価会計だとこの損失処理は毎期されるが、取得原価主義では損失は先送りされる。当初は日本企業の強さの秘密を隠さんがための時価会計の導入反対が、ここに至って弱さを隠さんがために導入反対へと意味を変えていくこととなった。


2、日本における国際会計基準導入の展開
 会計の国際統一基準作りを拒否し続けた日本も、結局は国際化の流れに抗しきれず、96年の「金融ビッグバン」をきっかけに会計国際化を宣言するに至った。「金融ビッグバン」とは、1996年に橋本内閣が提唱した金融制度改革のことで、フリー(市場原理が働く自由な市場)、フェア(透明で信頼できる市場)、グローバル(国際的で時代を先取りする市場)の3原則に照らして、金融市場の規制を緩和・撤廃し、もって金融市場の活性化や証券市場の国際化を図ろうとしたものである。
「金融ビッグバン」が実行されるに至った背景は主に3点ある。1点目は、日本金融の自由化と国際化が進展していること。2点目は、バブル経済が発生し、崩壊したこと。バブルの発生・崩壊の中で、金融機関における不良債権処理が重要な課題となった。このような各種市場問題が顕在化する中で、マーケットルールやディスクロージャーの徹底、監視機能の強化が図られた。3点目は欧米市場との比較が行われたこと。この頃も欧米の金融市場は着実に発展を続けていた。外国為替取引や株式取引における東京、ニューヨーク、ロンドン市場の状況を比べると、東京市場は他の市場に比べて、伸び悩みが見られた。また個人金融資産額から見ても、日本はアメリカに次いで1200兆もの額にのぼり、これらの金融資産が日本経済にとって有効かつ効率的に使われ、国民にとって有利な運用が出来る場が必要である。こうした背景から、日本の金融市場を2001年までにロンドン、ニューヨーク並みの国際金融市場として再生するために金融システム改革の必要性が認識された。
具体的には、1998年12月に施行された金融システム改革法(正式名称は「金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律」)によって金融取引に関する規制の全般が大幅に規制されることとなった。この法律は、①資産運用方法の拡充、②活力ある仲介活動を通じた魅力的なサービスの提供、③利用者が安心して取引のできるシステムの構築、④多様な市場と資金調達手段の整備、の4つから構成される。
この改革を受けて、日本でも企業会計を国際会計基準に対応させていこうとする動きが起こった。1999年から2001年にかけての、この大々的な会計基準の改正が会計ビッグバンである。会計ビッグバンの主な改正項目は以下の通りである。
① 連結決算中心主義
② キャッシュ・フロー計算書
③ 税効果会計
④ 時価主義会計
⑤ 企業年金会計・退職給付会計
 ①の連結決算中心主義は、親会社・子会社別に決算するのでなく、子会社を含めた企業グループを1つの企業として決算することである。②のキャッシュ・フロー計算書は、会計ビッグバンにより新しく基本財務諸表に加えられる書類で、貸借対照表、損益計算書と並んで企業の経営活動に関する重要な情報を提供する書類として位置づけられる。具体的には会計期間の現金等の流れを、営業活動(販売や役務の提供等)、投資活動(有価証券や固定資産の取得等)、財務活動(借入や配当金の支払い等)の3分野に分類して報告するものである。損益計算書で示される利益はあくまで会計処理上の結果であり、現実に利益に相当する資金が企業の手元にあるとは限らない。したがって、損益計算書に利益が出ていても実際の資金繰りが不安定な場合もありうる。そのため、企業の資金面における実情を表す必要性から、米国を中心にキャッシュ・フロー計算書が普及し、会計ビッグバンをきっかけにも、日本にも導入されるようになった。③の税効果会計は、税法と会計とで税の計上の範囲や時期に差異が生じる不合理を解消するために導入された手続で、法人税等調整額の計上により、会計上負担すべき税額と税引き後利益を示す。つまり、会計上の利益と税務上の利益の食い違いを調整するための手続きである。④の時価主義会計は、上でも述べたように、貸借対照表上の資産・負債を時価で再評価する会計のことである。⑤の企業年金会計・退職給付会計とは、退職時に見込まれる退職給付総額のうち、当期までに発生した金額の現在価値額を退職給付債務として算出し、退職給付債務から期末時点における年金資産の現在割引価額を差し引いた金額を「退職給付引当金」として計上するものである。
 以上のような特徴をもつ会計ビッグバンによって、日本における会計基準は国際的な水準へと大きく接近することになった。現在の状況としては、2005年1月にIFRSへのコンバージェンスプロジェクトに合意した。2007年8月にコンバージェンスの加速化に合意がなされ(東京合意)、2011年6月末までに差異を解消し、さらに重要な差異に関しては2008年末までに解消するという方針が決定された。ここに言う「重要な差異」とは、2005年7月に欧州証券規制当局委員会(CESR)が公表したレポートにおいて「重要な」差異とされた項目のことである。


3、国際会計基準導入の問題点
 日本は、IFRSをそのまま採用はしないものの、自国の基準をIFRSへと近づけていくアプローチを取った。この過程がコンバージェンスと呼ばれるものである。コンバージェンスの結果、基準の中身が、国際会計基準と実質的に同じになるかどうかといった保障はない。基準が2セット存在し、表現に少しでも違いがある限り、そこから異なる解釈が発生する可能性がある。その結果、同一取引について異なる処理がなされる可能性も出てくる。またコンバージェンスには時間がかかるという問題もある。自国の既存の基準をIFRSへ近づけるためには、既存の基準とIFRSとの違いを一つ一つ把握しなければならない。例えば日本には企業会計原則をはじめとするさまざまな文書がある。それらをひとつひとつ改訂していかなければならないことになる。
 また国際会計基準の中身についても、いくつかの問題点がある。一つに、時価主義会計の問題点である。時価主義会計では、損益計算書に評価益としてまだ未実現の収益を認識することになる。そのため、未実現利益が配当や利益として社外に流出する危険性がある。また、そもそも時価評価の正確な実施が困難であることも挙げられる。市場が存在する場合でも、評価基準として販売価格と再調達価格のいずれを選択するかによって金額が異なる。市場が存在しない場合には、一般に割引現在価値を計算して評価額を算出するが、前提となる割引率や各期の収入予測の僅かな違いによって、評価額は大きく変わってしまうことになる。
 二つに資産・負債アプローチに立脚した包括利益制度の導入によって、かえって企業業績や景気の変動が増幅され、経済が不安定化するリスクが大きいという問題点である。資産価格は一般物価に比べて変動が大きく、また地域間格差も大きい。資産・負債の時価評価は、未実現評価損益の計上を通じて、これらの変動や格差が包括利益に影響を与えることになる。また、各国のマクロ経済や、各国・各地域の産業は、グローバル化の進展に伴って次第に相互作用が強まっているものの、必ずしも同期化していない。その結果、同様の資産あるいは負債であっても、当該資産・負債の割引現在価値に各国のマクロ経済の景況や産業景気の違いが反映され、時価評価が食い違うという事態が発生する可能性が高い。そのように包括利益の表面的な違いから、企業の評価が実力から乖離する場合、割安なコストで資金調達が出来る企業と、資金調達に相対的に高いコストがかかる企業や資金調達自体が困難となる企業が発生する。その結果、企業にとってみれば、包括利益の最大化が経営課題となり、本来業務をおざなりにして営業外利益の獲得に注力する動きが支配的となるだろう。また、将来期待利得の高い研究開発であっても、現在の大きな評価損の発生が見込まれる場合には早期の処分が最適選択となり、本質的な競争力強化の道が閉ざされてしまうかもしれない。


4、今後の課題
 日本国内の会計基準を国際会計基準に同期化することについては、現在でも賛否両論が多く、一概にどちらがいいとは言えない状況である。しかし、経済のグローバル化の進展から、国際的に統一された会計基準の策定は不可欠であり、この策定で主導権を握ることは、グローバル化された経済で発展を続けていくためには非常に重要なことである。そのため、国際企業会計基準の統一化に否定的な立場を取るならば、一刻も早く内外に明確な主張を論理展開して、国際社会から支持を獲得することが必要である。どちらの立場を取るにせよ、日本が国際金融の世界で主導権を握るためには、まず国内意見を統一することで、官・民が一貫した強い主張をすることが大事である。




(参考文献)
『国際会計基準戦争』、磯山友幸、日経BP社、2002.10
『国際的会計基準統合の問題点-抜本的見直しを要する包括利益プロジェクト-』、藤井英彦、日本総研 BER 2004年03月号
http://www.jri.co.jp/JRR/2004/03/op-finance.html
『国際財務報告基準(IFRS)概要とフレームワークについて』、矢農理恵子、会計・監査ジャーナル 2008年7月号
http://column.onbiz.yahoo.co.jp/ny?c=at_l&a=012-1214963068
『大蔵省/日本版ビッグバンとは』、金融庁 金融企画局 企画課、1998
http://www.fsa.go.jp/p_mof/big-bang/bb1.htm
by sizeM | 2008-08-12 01:40 | 大学